見送る側が寂しいのは。。。

英語Terakoyaです。

転勤族の我が家はいつも見送られる側。

見送られる側は、これからの新生活への期待や不安で、意識は先に向いています。

だから別れは寂しいけど、そこまでではない。

それに今の時代、いつでもつながっていられるし、今生の別れ、というわけでもなし。

一方見送る側は、

自分の生活は変わらない、なのに、昨日までいた人がその日常からいなくなるわけなので、

寂しいのですよねえ。

このところ、帰国になる、という話をたくさん聞きます。せっかく知り合えたのに、残念だけど、また日本で会えますからね。

香港時代の友人とも、日本でつながっています。

別れがあれば出会いもあります。

このところ、とてもいいご縁をいただいていて、感謝です。

国籍も違う方たちなので、せっかくの上海生活ですから、グローバルな?お付き合いを今年はひろげていけたらいいなあ、と思っています。

 

今しかできないことを最優先に、そして自分の歩みもとめることなく、だけどよくばりすぎることなく、粛々とやっていこう、と思うのでした。

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