見送りは何度しても切なくなります・・・

英語Terakoyaです。

東京でのインターンシップを終えて、アメリカへ戻る次男。

戻りの飛行機がなかなか空いていなくて、結局、日程をずらして、、本当は11日に大学にもどればいいものを
6日の飛行機しか取れず、シカゴで過ごさなければならない、という
へんな日程になってしまいました。

 

上海は乗り継ぎ時間の間の滞在だけ。
でも夜ご飯を食べて家で寝て、朝普通にでていける時間なので、まあよしということで。

2週間後に21歳の誕生日もむかえるので早めのバースデーケーキをやいてスタンバイ。
「できる母やん!」と褒めてもらいました(笑)

夏休みは早めにもどり、新入生のオリエンテーションリーダーをやるとか。
はやいものでjuniorですもんね。

この夏は、”日本の会社”というものを経験しました。結構大騒ぎでしたが
ま、これもよい経験ということで。

アメリカに戻ったら、大学の紹介でのインターンシップもするそうです。
つぎはアメリカの会社の経験ですね。(アメリカでは留学生は働けないので、もちろん無給です)

大学の中のマーケティングアシスタントもするそうです。

とにかく、良く働き?よくあそんだ夏休みでしたので、またこれからは勉学に頑張ってほしいと思います。

東京で二か月半シャアハウス暮らしだったので、どうせ和食らしいものも食べていないだろうなぁ、と思い

家を出る前の朝ごはんに、ご飯、納豆、肉じゃが、ひじきの煮物,オクラのおしたし、を出したら
「あー、こんな純和食たべてなかったわ~」
と喜んでいました。

デザートはバースデーケーキとして焼いた、大好きなガトーショコラ生クリーム添え。

浦東までのタクシーの中で今セメスターの予定をきいたり、年末年始の予定を話したり。。。

チェックインの列に、2年前のように”F-1”と書かれた書類をもった親子が。

”この子もこれからアメリカ留学いくんだなあ~”となんだか感慨深くみてしまいました。

大学も後半戦。

日本でのインターンシップを経験して、またいろいろ考える幅も広がったのではないかと思います。

「充実したsemesterを!体に気を付けて!」

と見送った後にチャットを送ると

「ありがとうー!!楽しんでくるよ~!」

 

”大学には、自分の好きなことを学びたくいったから、授業はめちゃ大変だけど、すごく楽しぃ。日本の友達にもあったけど、”学ぶ”ことより大学の早い時期から就活のためのいろいろをして、というのをきいて、今の選択で良かったと思った」

といっていました。

みんなが一斉に就活をする、日本の特異な就職事情ですからね。

今や、かれは、完全に、そういう一律に、というレールからは外れてしまって居るので

自分で考えて、行動するのを、見守るだけです。まだまだ頼りなくハラハラしますが

graduation

次の目標はアメリカで大学卒業式参列だ!

英語Terakoyaです。

先日股関節のオペをした母。

もともと股関節が悪くて、人工骨or金属をいれて、それがすり減ったらまた入れ替えて、の繰り返し。

2年前には腕のオペもし。

肝臓がんが出ては焼く、を何度となく繰り返し。。。。

50歳で子宮がんのオペをするまでは健康そのものだった母、

その後、なんど体にメスを入れてきたことか。。。

 

歯医者にいくだけでひーひー言っている私には想像もできないこと。

 

でも母の偉大なところは、年とともに前向きになり、

「心配しても仕方ないから、先生に任せるだけ。そしてあとはリハビリをがんばるだけ。そうやって、周りに迷惑かけることなく、できるだけひとりで生活できるようにしないと。」

ともう、敬服です。

父が他界するまでは、なんでも父に頼って、ひとりでは何もできない、分からない、という人だったのに、

おそろしい変貌です。

母を見ていると、人はいくつになっても変われる、と思います。

 

さて、今回次男をお見舞いに連れていき、良くなった時のはなしになり、

次なる目標は、二年後の

次男の大学卒業式に参列する!

ということに決定!

 

「でも、ひとりではよういかんわ」

と母。

いえいえ、私がちゃんと同行しますから

 

「せっかくはるばる日本と中国から行くんだから、首席で卒業してもらおっか!学年全体がむりだったら、専攻とかね」

と何気にプレッシャーを与えておきました(笑)

 

その時は、主人も一緒に

 

いつも前向きな目標を持っておくことが必要だと思います。

ただこの目標だけは、絶対かなえてあげたいな、と思います

 

intern

ストレスのもとはインターンよりフェイスライン

英語Terakoyaです。

東京インターン中の次男。当初は、あまりにいきなりいろいろやらせてもらえるので

コラボしている企業が超巨大企業ばかりなのもあり、プレッシャーやらなんやらでもう、この人大丈夫?

 

という状態でした。でもそこは本人が乗り越えるしかない部分、だれもどうにもしてやれない。

しかしインターンにここまでまかせるか~?と驚くほどですが。

日本の企業の風習にも辟易しているようです。いや、どこでもそうかといえばそうではないけれど(~_~;)

まあ、それも経験の一つ。

そこはもう割り切る、もしくは日本の企業ってこんなところあるんや、と経験としてしる、とおもうしかない。。。

それができれば苦労しないんですがね(苦笑)

 

もともと0か100しかない子なので、社会はその間のグレーな部分がほとんど、ということに自分を合わせていく努力はしないといけないのですが、その分きついのだと思います。

 

が、なんだか様子がかわってきた。

 

先週は関西に戻り、中高時代の友達に会ったり、とにかく、食べまくることが多く

「まじやばい。今インターンのストレスより、(でぶ化が)このやばい、ということのほうが強くて」

「アメリカ行ってからというもの、自分のフェイスラインをみてない」

と(笑)

だって、大学やっと半分終わったとこなのに、すでに何キロの増量だ?この勢いであと2年、やばいでー!

(来年は、食べ物もおいしそうな、都会へ留学する予定だし、より危険(~_~;))

上海でも日本でもデブ活中の我が家。

 

みんな、体うごかさないとね😉

P.S. 日本に帰ってきて、日本の男子細すぎる!と。

アメリカだと細いと「弱っちいな」って感じやけど、と。

ストレートパンツがスキニ―にならないようにね(爆笑)

university

日本の大学生VSアメリカの大学生

英語Terakoyaです。

関西にいって、中高時代の友人たちに会った次男。

メンバーは全員、最難関国立大学の学生。

「やのに、GPAの話になった時に、みんな1.いくらとか2ないとかいうてて、びっくりしたわー」

日本の大学は評定がCであろうがなんであろうが、単位数だけ取ったら、卒業させてくれるからね。そして就活の時も、企業はそんなGPAまでみない

同じような学生がいて、どっちとる?となったときにみるぐらいなのでは?

もっとも、就活中の長男のようにあと38単位残ってます、なんて言ってしまった日には、最終面接であっさりおとされますが(爆笑)

日本の企業がみるのはGPAではなく、大学名。

たとえば超有名私大の下の方で卒業した人と、中堅大学のトップ層で卒業した人と、どっちとる?となると、当然前者の傾向が顕著ですよね。

そもそも、学歴フィルターなるものが存在するわけで、一定ライン以下の大学だと、説明会に申し込んでも「満席」と表示され、説明会にすら参加できない、という現実があります。

企業はそんなの存在しない、といっているようですが、就活生をもったことのある親ならそんな情報はいってきますよ、子供が友達経由で聞いてきますもん。

 

だからとにかく必死に勉強して有名大学に入っておけば、あとは安泰、と大学の授業はそこそこに、大学生活、サークルや、バイトをエンジョイしよう!となるのが一般的な日本の大学生像でしょうか。

もっともそうで無い人も大勢いますが。

そういう社会の体制があるのですから、仕方ないといえば仕方ない?

一方アメリカの大学は2度続けてCをとったら即退学!

次男の周りは留学生が多く、留学生はやはり大学から返済不要の奨学金を貰っている子も多いので、そうすると、大学の要求するGPA以上をとらないと、奨学金が打ち切りとなります。

だからアメリカ人の学生よりより勉強する傾向にあり、みんな3.5とか3.6とか普通にとってる、といったら、日本の友人たちは驚愕していた、と。ちなみに4.0が満点です。

(次男は今セメめっちゃ頑張ってなんと3.94)!

毎回優秀者リストにのりました、ってメールきて、あなたを支えてくれている人達にこれをシェアして感謝してください、みたいなことくるけど

そんなんいいから、なら、も少し奨学金出して!と母の切実なる叫び

それはまあ、いいとして。。。

 

みんな膨大な課題に日々追われ、あとは学内のいろんな活動、留学生は学内でしかバイトできないので、それすら取りあいですし、いろんなポジションをとるためにエッセイかいたり、勉強以外にも日々することが山のようにある。

さらには、アメリカは、大学入学の時にもボランティア経験が評価される国ですから、当然就職を考えた時にはボランティア経験は必要、ということで学外でのボランティアもします。

本当に、平日は、ドミトリーと授業と、図書館の往復でしかないようです。その分、週末はパーティーになるようですが💦

学内でtutorしたり、逆にtutorから教えてもらったり。さらにテスト前となると、ほぼ図書館に住んでる状態でみんなさらに猛勉強!

周りがそうだから、それもできるのかもしれませんが。卒業できるのも日本のような高い数字ではありませんし。みんな必死です。

学費も日本と比べ物になら無いぐらい高い、だから少しでも早く卒業しなければ、と4年を待たずに卒業するのも珍しくない、そのために、授業を目いっぱいとったり、サマースクールを取ったり。

全く別ものの大学生活です。

そんな友人たちの話をきいて、正直次男はがっかりしたようでした。

そして、アメリカの大学に進んでよかったと思う、と。

いやあ、もう、そういってくれないと、学費だしてるお父さん泣いちゃうけどねぇ~

 

色んな大学生活があることを聞いて、改めて自分の大学生活を客観的に見ることができたのではないでしょうか。

そんな彼ですが、入学して5か月したころ、「何のために勉強してるかわからん」

と電話しながら泣いた時期もありましたが。

そんな時期も乗り越え・・・

彼の大学はliberal arts系ですので、学部がわかれていません。だから興味ある科目を幅広くとることができるので、やりたい科目を選んでいるのもあり

「学校の勉強はおもしろい」

といっています。もちろん中にはNGなprofessorもたまにはいるようですが(相性もあるでしょうが、この教授はちょっと・・・、とおくられてきた教授の映像をみて、すぐに感じるものはありました(笑))、州立大学のように、院生が学部生に教えている、ということもないので、満足度は悪くないのかな、と話を聞く限りでは思っています。

大学を訪問したのがspring breakで授業もない時だったので、今度は授業があるときに行ってみたいなぁ~、なんて思いますが、背後から

「次は卒業式に行けば十分だ!」

という主人の声が聞こえてくるようです(~_~;)

 

大学生活もこれから後半戦。卒業後のシナリオもそろそろ描く努力をしてほしいと思います。

喧嘩別れから四年,今度はうまくやれるの!?

英語Terakoyaです。

誰のこと?うちの坊主二人のことですよ

思い起こせばいまから4年前。

当時、上海に行く直前の高2の次男、東京で大学2年生の長男。大学出願対策をするために、東京に行って、長男の家から対策の学校に通うことになっていました。

広めの部屋でしたが、生活の時間帯も性格も全く違う男子が共同生活すると、やはりお互いにはなにつくことも出てきて、

そこは自分の部屋だというきもちから、長男、結構次男にきつく当たりだした模様。。

そしてとうとう「もう、(長男)のところには帰りたくない。もう、あんなとこ帰るぐらいまら路上で寝た方がましだし」

と次男から緊急SOS!

主人はすでに上海に渡航していましたが、こうなるのは想定内のところで

「あと数日なんだし、もう、今日からすぐにどっか取れるとことってやって」

ということになり、ばったばっただったことがありました(笑)

今となってはいい思い出で、そのあと、時が流れ、お互いまた経験もして、彼らの関係性も変わりました。

 

長男ーずっと言い続けていたアメリカ留学を実現して、向こうでもしっかりサバイバルしてい弟を自慢に思っている、だから、彼が帰国すると、「焼肉食べにつれていってあげる」とか「服買ってあげる」とか、弟大好き

 

次男ー上海の高校に編入して、しばらく、そこになじむのに、おそらく今までで一番つらい思いをした、その時に、香港から日本の中学に編入して、やはりなじむのに苦労して、反抗期ともあいまって、荒れに荒れていた長男の気持ちが

「今なら(兄)のぁの時の気持ちがよくわかる」

といいました。彼の気持ちも氷解していったように思います。

 

とまあ、こういう過程をえて、今回の夏休みは東京でインターンシップをする次男は、

長男のところに居候させてもらうことになりました。

 

4年経って、長男は社会人2年目

次男は、アメリカ人(-20度でも、窓を開ける彼ですよ!)や中国人との相部屋を経験し、異国の地で2年の暮らしを終えています

それぞれ経験から学ぶことは多かったと思います

 

結構ひろい長男の家ですが、やはり、2か月余は長い

トランジットで泊まった夜

「あの時とは違うけど、でも3か月近くは、ちょっと不安やわ」

というので

「何言ってるの、三か月近くではないやろ、2か月余りやろ、こういう語感から感じ方もずいぶん変わってくるから

と私(笑)

「(兄)もずっと一緒だと、ストレスもあるだろうから、たまには(姉)のとこに泊りにいきなさいよ」

というと

「え、いいわ。それなら友達んとこいくし」

と、まあ、いつまでもみんな姉のことは怖いようです(~_~;)

 

我が家の坊主二人、仲良くね😉