プレッシャーかけてくるよ、これこれ!

英語Terakoyaです。

2週間次男滞在中、なにかと中華に付き合わされる日々

南丰城の地下にあるお店、まだ早い時間なのにすでに満席状態で

かろうじて、入口横のイレギュラーテーブルが相手いてそこに座りましたが

12時前後からランチタイムになると、みるみる行列、そしてみんな、目をつけた人の後に立って、空くのを待ちだす。

ぺったりと後ろに張り付いて

なかなかの光景です、これ!
ランチ混雑
なんて写真とっているうちに、私たちの横にも!

こういうのにもだんだん動じなくなってきます

interviw

通訳案内士試験2016の巻ー(2)-

英語Terakoyaです。

真っ青な私、だって2015年の12月、奇跡的にHSK6級に受かっただけで、中国語で、日本の地理歴史、社会、文化、観光の事などはなせるはずもなし。

さらに恐ろしい逐次通訳なんてできるはずがない。

どうしよう…一言もしゃべれなかった・・・・あるのはその不安だけ。

英語も同時受験で準備しなければならないので、ほとんど中国語にさく時間なんてなし。

後半のスピーチで、喋れるトピックが3つの中にない、ということもかなり高い確率でありうる。

二兎を追うものは一兎をも得ず、になってしまうから、中国語の2次は見送ろうか、とも悩みました。

が、そこは変な意地があって、

”そんな逃げるようなことをしてはいけない”

と両方受験。いらんから、そのよけいな意地

 

面接官は日本人とネイティブが一人ずつ。

日本人の方は、大学教授のような方かプロの通訳案内士。これは一目でわかります。

ネイティブの方は、やたら日本に詳しぃ(そう、受検者以上にくわしい)人か、この時に雇われた日本に関する知識が乏しい人、に大別されます。

どちらのタイプになるかで明暗分かれます。

英語は、すぐにネイティブの目を見たらわかりまし、この人、詳しい、って。日本人も通訳案内士。厳しい戦いになりそうだと💦

自分のスピーチへのQ&Aでやってはいけないミスを犯してしまいました。

神社に関するスピーチをして、神社の数を聞かれました。

しらない、、、こういうときは、推測なり、なんなりとりあえずしゃべって、

「詳しい数は、またおしらべしてお伝えしますね」

というべきなのです。(ガイドと観光客の設定ですから)

頭ではそういえ!といっていっているのに、”よくわからないのですが”といいたくないもう一人の自分がいて、なんとかそれをごまかそうとしたのですが、

そのネイティブ、執拗にどこまでも数字を言わせようと意地悪な誘導尋問。まんまとそれに屈してしまいました。

ちなみに日本の神社の数は約8万ですよ、皆様!

(今ならお寺の数、祭りの数まですらすら言えますよ(笑))

それでテンパってしまい、大きなミスをおかして、撃沈されました。

 

上海にきて、英語を使う機会がなく、ましてやこのQ&Aセクションの応対練習を全くしてこなかったから、の結果でした。

直前に受けた模擬面接でも、各評価項目ともすべて満点をもらい「よく勉強されてますね」とお褒めの言葉までいただいたのですが、試験は水ものです・・・・・

 

午前中英語、それもひとグループ4,5人なのですが、その最後。

そして30分ほどしてすぐに中国語の受付。そして今度グループ一番。

つまり、頭を英語から中国語へ切り替えるのがそうでなくてもできないのに、この時間のなさで余計できない、という、本当に悪い条件での面接になりました。

まあ、もともと中国語は”逃げずに参加することに意義あり”で受けているからいいのですが(笑)

 

中国語は、とにかく、一言もしゃべれない恐怖、しかなかったのですが、最初の逐次通訳の最初の言葉で撃沈されましたよ。

ちなみにその時の日本文です。あまりの固有名詞の多さにメモ取すら、手が震えました。

そしてこれ、恐怖のまさかの一文ですよ、これでも!

「迎賓館、赤坂離宮はかつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、1909年に東宮御所として建設されたもので、当時日本の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設した日本に置ける唯一のネオ・バロック様式の西洋風宮殿建築です。」

最初の二つの単語を聞いた段階で、頭のなかまっしろ

中国語の方が厄介なのは、例えば、英語なら「浅草」は「Asakusa」でいいのですが中国語は中国語読みができるので「qiancao」になるわけですよ。

一年前の私には上に出てくる固有名詞、完全には読めなかったのです(今は大丈夫ですよ😉)そしてこの一文の長さ、主語と動詞?もう完敗。

さらに次の2分間のスピーチ。幸運にも少し準備していた

世界無形遺産「和紙」がトッピクにぁったのでそれを選び、沈黙、ということは回避しました。UNESCOの中国語も覚えましたよ「联合国教科文组织」

だけどQ&Aで和紙の作り方を聞かれ…もちろん、英語では説明できましたが、一年前の私には中国語でそんなの無理、身振り手振りを交え、知っている単語で懸命に説明。

まあ、冷や汗も出ない状況でした。

 

けど、逃げずに、中国語も受けた自分には、少なくとも納得。

 

そして、まさかのダブル不合格!!(笑) 二兎を追う者は一兎をも得ず、地でいきましたね、まあ、最悪のシナリオがそのまま具現化(笑)

幸い、この一年に一度しかない国家試験、ちなみに今年の全言語最終合格率は15%台、中国語だけ見たら8%前後ではないでしょうか、

でも、二次面接でだめでも翌年もう一度だけ受けれます。

 

英検は2次面接、確か4回まで受け直しできると思いますが、こちらは一回。だめなら、次は一次試験すべてまた受けなおし、という地獄しかない・・・

 

そして、私は翌年へと、希望をつないだのでした、英語に関しては、ひどく落ち込みましたが。。。浮上するには春までかかりましたかね

そういえば去年のそのころは、長男が無事単位をとって卒業できるかどうかのハラハラの時期でしたわ、いつもいつもなにかが同時並行。。。。

次へ続く

P.S. 写真のように、二人の面接官が適宜確認しあったりアイコンタクトを取ったり、特に日本人面接官はずっとメモをしていたりするので、いちいち気になります、こわい。。。だけど笑顔でいなければいけない、そんな矛盾したこと求められても、です。。。

 

lighthouse

自分の人生、子供の人生

英語Terakoyaです。

この年末年始は、長女、長男、次男にあったわけですが。。。。

それぞれの様子を聞きながら。。。。

色々心配することは尽きないのですが、でも。。。。

3人共皆成人です。

 

もう、それぞれの人生を歩んでいるんです。

親としてできることはしてきたつもりだし、これから、今おかれている状況の中で、

日々何を選択して生きていくか、

いいかえると、日々の小さな選択が明日を作っていくわけで、それは各人の意志なのです。

親的には、

もっとこうすればいいのに、などなど思うことは尽きませんが、

彼らの人生なのですよね。

 

私が今この年だからこそ、”こうしたらいいのに”と思うのであって、20代の彼らにはそう感じる経験がまだない、あるいは、

やはり、それぞれの考え方がありますから、私がいいと思うことが、彼らにとって、”いい”と思うことではないのかも知れません。

くちをさみたくなるところはぐっと我慢して、ただただ

”見守る”

友人が、素敵なことを言いました

”親って,灯台のようなものだね”

って。

彼らの足元照らしてやる、あるいは、こっちだよ、と時には導いてやる。

見守り、相談を受けた時、相談に乗る。

私たち親子は今、とおくに離れているので、顔を合わせる機会が少ないです。

でも、やはり会って顔を見ないと、SNSのメッセージだけではわからないことが、たくさんあります。

だから、やはり、年に何回かは、皆で集まる、そうしたいなぁ~、と思いました。

 

健康な体があれば、なんだってできます。

健康管理に気を付けて、自分の人生、自分で考え、自分で感じて、歩んでくれることを応援しています。

そして、そんな彼らに恥じないように、また、自分も自分の人生を大事に歩みたいと思います。

video

New year’s resolution~インタビューで言ったらやるしかないね(^_-)-☆

英語Terakoyaです。

お誘いを受けて、新年早々おしゃべりを楽しんだのは、上海に来てからは中国語も身に着け、4か国語が喋れる有能な30代駐在妻。

こんなに有能だからこそ、その能力をうまくいかせていない今の環境に。。。。といった様子。

で、彼女のやりたいな、と思っていることにいろいろアドバイス。

「も少ししらべてやってみます!」

と帰り道、いきなり、テレビ局の突撃インタビュー!

new year’s resolutionを言ってくれ!と。

 

もちろん、若い彼女がやりましたよ!

マイクもって、静安寺の地下鉄で(笑)

「え~、なににしよう?」と困り顔の彼女に、

「さっき、話したあれよあれよ!」

と私。

はい、彼女はテレビのインタビューに向かってNew Year’s resolution!

 

「公言したんだからやるしかないね😉」

と私。

 

でも、なんだか彼女にとって素敵な出来事だと思いますよ

 

そして、家に帰って、彼女の調べ切れてなかった情報を少し調べて、送っておきました。私も人のことお世話やくのもいいんだけど、自分がやることもそろそろいくら何でも着手しなければね。

通訳案内士試験終わってもう、一か月以上たっているのですから

アカテナンゴ1

命の危険を感じた。。。

英語Terakoyaです。

ただいまお騒がせ次男滞在で、毎日騒々しい。。。

家に着いたらすぐに

「しばらくピアノ弾いてなかったからピアノひきたい~」と

すぐにピアノを弾きだしたと思ったら

「このピアノ音悪い!調律してる?」

「秋にしたけど30分で終わる”なんちゃって調律”だからしかたないよ」

 

そして私の顔を見た瞬間、南米でのことを怒涛のように話しだす(しゃべりだしたらとまらないうちの息子二人とも)、そしてその話をきいてまたまた背筋の凍る私・・・・

この前のL.Aの話しで凍ったばかりなのにまたかよ!

 

グアテマラでアカテナンゴという標高3900mほどの山に登ったのは聞いていました。*富士山が3776mであることを考えるとわかりますね、いかに高いか

夜に火山から溶岩が出ている美しさには感激した、と。

ところが、ここまで高い山とは思ってなかったようで、軽装備

途中泊のテントは凍死寸前に寒かったとか。

 

のぼる道、すぐ横は何もない断崖絶壁、少しでもよろけたら

”これ、死ぬやん”

と死を意識した、と

”なんでこんなところ登らせんねん?”

と思ったけど、そこに行ってしまったら、とにかく登るしか選択肢はないですからね。。。。

強風も吹いていて、しっかり足を踏みしめて登らないと、よろけたら、そしてしんどくてもとまってしまったら、一巻の終わり、そう思って、必死に登ったそうです。

後から聞いて冷や汗もんの体験ばかりですが、五感で色んな体験を若いうちにして

それを今後の自分の仕事や生き方に、反映させていってくれたら、と思います。

が!

旅行は計画的に!!お願いしますよ!

 

 

アカテナンゴ sunriseアカテナンゴ2

彼のこのゆきあたりばったりの旅行の様子を聞いて、アメリカでのプランは彼に任せてはいけない、と危機感を持った母でした。

これからtrip advisorのサイトなど参考にしながら、ある程度こちらでプランを組まねば、です(~_~;)