決まった!

英語Terakoyaです。

昨日の続き。

その時、天皇陛下や各国大使が参加される1300年祭記念式典が平城京宮跡で行なわれ、そのとき、ある国の大使夫人の1日アテンドをすることになりました。

そんなの始めての経験で、しかもいきなり大使夫人???

そして、聞いたことはあるけど、正確にはどの辺にあるんだその国、と調べて、話題に困らなぬ様に下調べ。

ドキドキと迎えに上った先は、え?ここ?

と思ってしまった、チェーンのビジネスホテル。

とても気さくな大使夫人で、すぐに緊張は消え去りました。

「私たちの国は貧しいので、国民のことを思うと、贅沢はできないんです。」と。

なんて素敵な方

国は、海外からのリタイアした人達には非課税(免税?)にしていて、そういう人たちをどんどん受け入れていく方針、医療施設も整っています、と。

いやあ、ここ、リタイアした後にいいんじゃない?とそのときおもったんですよね、私(笑)

その後、その国名がテレビなどに出ると、敏感になるじゃないですか?

国民の幸せ度が高い、というテーマで目にしたことがあります。だって、あんな風に国の上層部の方達が、国民のことを考えてらっしゃる国ですから、そうなんでしょうねえ。

日本の方がはるかに豊かで恵まれていますが、その番組での、日本人の幸福度は壊滅的に低かったですね。

なにを求めて、幸福、と言っているのか、そもそもその原点からちがう、かと、、、、

戦闘地域や、食糧難の地域から見たら、日本は天国だと思います。

と、横へ逸れましたが、

そんな話になり

「いやあ、ちょっと行って見たいね〜、10年目も20年目もただただ育児に追われて何にもなくきたし」

早速、スマホで調べだす主人。そして一人で、興奮して、調べた画面を見せてくる!

 

わあ、想像以上に素晴らしいところみたい

 

と、旅のアレンジ係の私、ctripで調べだす

・・・・

と、と、遠い!

 

シカゴの遠さでもう精一杯の私なのに、そんなもんじゃない!

一番速いのでも二十四時間、って1日????

思わず萎えましたが、でも、スマホの画面で見た光景に、めずらしく夫婦一致で魅了されてしまいましたからねえ〜

「いや、流石にここは情報が少ないから、いつものガイドブックなしの、ネット情報頼みでは不安だから”地球の歩き方”頼んで〜」

と旅行手配係が頼むと

「あれは、中国には持ち入れんやろ」

そうでした

 

その大使夫人に「私の国へくることがあったら連絡してね。案内します。」と、email addressをもらっていたのですが、8年も前、もうなくしてしまいました。。。。ぁー、残念

P.S.末っ子は当然つれていきません。本人も

「いいよ、アプリでデリバリー頼んでくれたら。デリバリーとどかなかったら、今日はwifiないところにいるんやな、っておもって、隣の焼きショーろんぽーたべにいくからいいよ」

と末っ子(笑)

すごいですよね、たとえですよ、地球の真反対に居ても、ごはんがデリバリーで注文できるって、

いやはや、中国はすごいです

(もしそうなったら、日本へ送り返しとくかなあ~(笑))

*誤解のないようにですが、いまだ、そのようなことをしたことはありませんよ(笑)

 

 

10周年、20周年、そして・・・・

英語Terakoyaです。

○回目のバースデーは主人と二人ランチ(末っ子も予約していたのですが、友達と遊びに行っちゃった)

2020年はオリンピックイヤーよねえ…という話になり。

ということは結婚30周年!

そこから振り返り(笑)

世の中にはスイートテンだとか、そんな言葉がありますが、我が家それどころではなかったよねえ~、と。

10年目→3番目も生まれて、8,6,3歳の子供を、親族のいない浜松で、主人は平日は午前様で仕事、土日もなく仕事だったので、当然ワンオペの育児におわれていました。

スイートテンの代わりに、いつもより奮発したのが、というか、正確にいうと、いつものキャンプより奮発していったのが、能登半島へのキャンプ!

高級旅館に泊まる予算はないので、会社の契約している高級旅館で、温泉と夕食を堪能しました。日中の活動でくたびれて、気づけば、夕食のお座敷で家族爆睡!

仲居さんにしたら、はよかえれよ!でしたね(笑)

眠いのを頑張って起きて、キャンプサイトに戻った時、なんだかちょっとものがなしかったですがね

でも、日本海に沈む夕日や、登る朝日は最高でした。”もの”よりも”感動”ですね

 

20年目→おお、これは私の人生で1,2を争う暗黒の時代。

香港より帰国して3年目に入ったころ。子供4人。主人単身赴任で、私、今度は4人の子供の名実ともにワンオペ育児!これまた初の土地の奈良で!

とにかく長男が大変で、その格闘で、ぼろ雑巾のようによれよれになりながら生きてた頃です。

20周年だからなにかする?なんてことすら思いつく余裕もない日々でした、ただただ苦しかった・・・・

 

2010年、平城京遷都1300年祭の平城旧跡会場の総合案内所で、英語アテンダントとして業務についていた時でもあり、その話に。。。。

そこに、30周年どうする?のヒントがありました。もう、すっかり忘れていたのですが。。。。

さてさて、話はふくらみます~

それはまた次回に。

 

 

華麗なる❓私の役員遍歴

英語Terakoyaです。

私、くじ運最強なんです、それは代理くじを引いてもらっても衰えることはありません

香港にいる間は、末っ子が乳幼児ということで免除でした。

さらに、長女、次男は中高一貫だったので、どちらも小学部からあがってくるやる気ある方方が、知ら無いうちにひきうけてくださっているので、そこもやらずに済みました。

今回の役員で、いよいよ終わりだと思うので、振り返ってみました。私の役員履歴(笑)

 

(4人分混ぜてます)

幼稚園―副会長

*常に下の子がいたので、免除の時も多かったのですが・・・

小学校―学童副会長、学級委員長、人権∼部部長、登校班の長

中学校―バス委員

高校ーサッカー部の役員+α

長がついていないのはバス委員ぐらいだったかな、よくもよくも、これだけ引き当ててきた、でもまだあったような気もするけど。。。もはや、年月たち過ぎて、正確には思いだせない状態(笑)

長女が入園してから22年、学校役員、ようやってきたと思います。

自分にお疲れ様、といってやりたいです

次回は、今思うことについてー

病院で拷問にあう。。。

英語Terakoyaです。

肩、背中、腕の痛みと凝りに耐えられず、初めての電気鍼治療へ。

一度では効果がなく(太極拳の老师も、一度じゃ効果ないから、4,5回行けばよくなる、といっていた)

2回目。。。。先生は、台湾人の気さくな、でもちゃんと説明してくれる中医のドクター

まずは電気鍼。前回は弱めの電気だったのか何も感じなかったけど、今回はぴくぴく、チクチクする程度までアップ。けど、これは大丈夫

前回より時間延長(~_~;)

次、強い空気圧をつぼや患部へ連打。これ、結構きつい!圧がすごいので。部屋の外からその音を聞くと、道路を掘削するあの音と同じ!

(うちの前の道も、ずーっと昼夜を問わず工事中で、毎日聞いているぁの音だ!)

前回より、連打する範囲広し。

 

そして最後かっぴんぐ!

一度だけやったことあるけど、その時は、こんな状態ではなく、●肩の症状だったので、そんな痛い思いではなく。。。

「痛いですが」

と前おきされたけど

ギャー、やめてー、痛い、痛い、痛すぎる!

と心で叫びましたよ。

「大丈夫ですか?」

「いたいです・・・」

というのが精一杯。でも、痛くても早く治ら無いといけないので我慢し続ける

「我慢強いですね」

「子供4人産んでますから・・・」-なんてジョークが言えたのは施術後のこと。

 

写真を撮りましょうか?といわれたけど、すごそうなので、断る

終わったのは一時間半後。。。うつ伏せになり、ひたすら拷問を受けていた気分。。。

「ひどい状態?」

と聞くと

「う~ん、ひどいねえ」とドクター

 

他の方の写真を例で見せてくれて、最初はこうで、何日後にはこうよ、と。

効果は男性の方がでやすいので、男性なら3,4回、女性は5,6回受けれるとよくなるよ、と。

その写真も結構だけど

「これよりひどい?」

「ひどい。もっと黒くなってる。。。。でも、これは体の内部の毒というより、 悪い”気”だから、こういう治療して、排出していけば大丈夫だから」

とにっこり。そしてココアをもってきてくれる。

ココアなんて久しぶりに飲んだけど、この、激しい疲労感の体には糖分補給は必須だったかも💦

今日は冷たいものは飲んじゃダメ、热水をおおめにのんで、早く休んで。でも、シップは3日は貼ってはダメ

ぇ~、夜寝る前のシップが唯一の救いなのに~

 

体の全面はなんともないけど、背面は滅多打ちにされた気分で、ヘロヘロと買物をして帰り、とにかく休みました。

まさかここまで攻められるとも思っていなかったので、友人と約束をしていたのですが、それも断りました

 

ここまで悪い気受けてダメージ受けたこと。…きっと、ストレスがひどい状況での自分の気持ちのあり方を見直せ、どこに気持ちをフォーカスしたらいいのか、それを理解して、できるようにしなさい、ということだと思います。

そうでも思わないと、一方的にstress受けただけで終わってしまいますからね。

そんなん嫌だ!

”中医”

日本でもあるだろうけど、本場中国での治療

これもまた”中国でしか体験できない経験”ですよね

でも、こんな治療も全部中国語で受けれるようになったことが、ちょっぴりうれしくもあり、痛い中にも、うれしさもあって、ちょっと救われます

次は1週間後!今日よりは痛くありませんように。

実は、このドクター、次男が中高5年間担任していただいた、私の大好きな先生に雰囲気がそっくりで、だからほっとするし、なんだか会うのが嬉しぃ

イミグレでの見たことない光景と不可解な質問

英語Terakoyaです。

浦東空港に着いたのは夜の9時半ごろ。

国慶節最終日、どうせイミグレ並ぶよな〜

といったら、まさかの見たことのない光景がそこに!

中国人の方は人います、がforeignerの方へ行ったら、まさかの

待ってる人ゼロ”

状態で、目をこすったほど!

そしてイミグレのお姉さん、

中国語で「中国語話せる?」というので

おこがましくも「うん」と答えると

「出身どこ?」と謎の質問。

あーた、その赤い私のパスポートを手にしながら、なんてこと聞くの?

「日本」

すると「日本。。。」(ふ〜ん、という空気を漂わせる)

で終わり。

何やってん!

というか、あんたイミグレの人間やろ、英語で喋らんかい!

 

末っ子はといえば、「お兄さん、満面の笑みでやってくれたで」

そして荷物を取りに。。。。

なっかなか荷物が出てこなかったけど、さすが一番後にチェックインしただけあって、出てき出したらすぐに出てきました。

 

夜7時過ぎの便だと、日曜日の半日以上は過ごした後でフライトだし、この時間、こんなにガラガラなら、これから、これもありかも〜

 

とにかく、今回も駆け抜けて、最後、乗せてもらえない、という冷や汗かきながら,今回の一時帰国も終了。

facebookの春日大社の投稿を見た友人が

「帰ってるん?いつまで?」

とメッセージ。そりゃ昼ごろ春日大社から投稿してたら、おると思うよねえ〜

「ごめん、もう、上海ついた」

今度またゆっくりね〜(^_-)