おお、ばかヤンキーもそうだったか!

英語Terakoyaです。

次男が買って読んでいた

「バカヤンキーでも死ぬ気でやれば世界の名門大学で戦える」

を引っ越し作業最中に手にしました。

ちなみに次男はヤンキーではありません(笑)

 

ぱらぱらとめくり、彼がアメリカの大学で、いかに英語力をつけていったかの格闘の日々のページ

彼が飛躍的に英語力を伸ばしたその方法が、なんと、私がやり始めたその方法にそっくり!

やっぱり、王道はなく、とにかく同じことをとにかくコツコツ繰り返す、そして声に出す、暗記するほど繰り返す。。。。

するとある日突然周りの音が違って聞こえてきた、と。雑音だったのに、スタバで周りのおしゃべりが全部意味を成す音として聞こえてきた、とありました。

とにかくものすごい時間をとって毎日毎日やっていたことが書いてあります。つまり、もちろん、分かっていますが、語学に王道はなし!

 

それを読んで、”よし、このままとにかく続けてみよう”と思いました。

が・・・・・

iPhoneトラブルやら、引っ越し作業やら、で全くそれができない。。。。最初の三題をやってからがちっともすすめられない、忙しすぎて。。。。

もはや、それがストレスに(~_~;)

 

それを聞いた主人が一言

「なんで、それがストレスになるのかわからへん」

「え、だって、決めたら、決めたようにやりたいやん、なのに、不測の事態が次々起きてきてちっともできない!」

「だったら、四月日本から帰ってきてまたやったらええことやんか」

。。。。

そうなんですよ、ごもっとも。

でも、やはり、”よりやるぞ!”と意気込んだことが、しょっぱなからできないと、ストレスになるのです~

 

とまあ、こんな風に正反対の夫婦です✌

P.S. 私の友人も「なんでそれがストレスになるの?」といいました。主人も、友人もB型です(笑)

ブレイクスルーをみるために

英語Terakoyaです。

中国語のオンラインレッスンで、先生といろんなおしゃべりを楽しむことはできるのですが、通訳ガイド試験でどこから攻められても返すには、程遠いレベル。

語学でもダイエットでも、ある所まで来ると停滞しますよね。

大事なのは、その結果が出ない時期を淡々と、今までと同じようにやることなのですが、その淡々さえも、今はやっておらず💦テスト終わってから、最近やっと音読始めたぐらいで。

これじゃ、いかん、淡々とやっていたのでは、時間が足りない、間に合わない、

と、かなりきつめの教材を入手。

これ、100回一つのまとまった文章を声にだすというもの、方法を変えて。ちょっとやってみたら、4回でもう、無理、6回もやったら吐きそう。。。。

この本の目安の終了期間から算出するに、1日80回ぐらいの音読のペース、無理だろ、どう考えても、そんな。。。

でも、これ、もしやったら、ブレイクスルー、見れるかもしれない、とも思う。。。

が、これから、引っ越し、アメリカ、日本と、1か月移動し続けるので、この間は難しいかなぁ~

英語圏にいって、中国語を唱え続ける謎の人、にはなれない(笑)

3か月は無理でも、5か月ぐらいならできるかも、が、そのときはもう7月か、、、、

継続ほど強いものはないのは知っています。

 

次男、中高は仏教系の学校でしたので、毎朝、始業前に短いバージョンのお経を全校一斉に教室で唱えていたようです。月一回はフルバージョン、だから、上海にきてしばらくたって、毎日のお経から遠ざかっていたにも関わらず、ちょっとユニークな友達が、スマホの画面に般若心経を出したのを目にしたら、

無意識にそらでそれを唱えだしてしまったものだから、その友達に思い切りおどろかれたという。。。。

そのくらい、潜在意識に刷り込まれて、初めて自然と口にでてくるものなのですよね~

その教材に最後の望みを託して、とにかく、自分のペースでやってみようと思います。このままでは、何も変わら無いから。。。。💨

変わりたかったら、今までと同じことをしていたのでは変わりませんからね。

習慣にするまでが何事も大変。習慣にするところまで持っていけるか、自分?!

通訳案内士試験2017の巻~中国語2次面接~

英語Terakoyaです。

さて、英語面接が終わって、45分のひる休憩を挟んだら、すぐに中国語面接の受付です。

試験当日は、とにかく英語!と思って、朝から英語だけしか見ていませんでした。つまり頭の中を英語モードに!

英語面接を終えて、帰っていく人を、羨ましく横目で追いながら…(自分がもうしこんだんだろ、二か国語も👊)

昼休憩、おにぎりが食べながら見る中国語がこの日初めての中国語。もう、出そうなトピックをザーッとみ直しですね、年号など含めて(~_~;)

4,5人?だったかな、とにかくこれくらいの人数のグループに別れて移動さされます。中国語は潔く一番!わ、もう少しでも早く終われる!みたいな私

午前中で全気力使い果たしているので、午後の中国語は完全脱力状態。。。。

面接官は、なんだかちょっと変わった感じの、ストレートな日本人面接官(間違いなく現役通訳ガイド)、と教授風のおとなしい風貌ながらも、目の奥に、鋭い観察眼を感じさせる年配の女性中国人面接官。

面接官「生年月日を言ってください」

私「~」

面接官「?もう一度いってください」

私「~(すらすらと)」

面接官「19○△」

私「???あーっ!△です💦💦💦」

面接官「あー、びっくりした!」

そうなんです、直前まで見ていた、東京オリンピックのプレゼン資料で、前回の東京オリンピックの開催年を確認していて、おもわずそれを応えていたという失態。。。。

もう、この時点で、あわよくば、などという気持ちは吹っ飛んだ!

まずは逐次通訳➡「坊ちゃん」知らんわ、中国名!「夏目漱石」ー”漱”の発音わからん!(またもや、中国語読みで泣かされる)

でもまあ、大筋は伝えたつもり(笑)

問題はこのあとのプレゼンです。

手渡されたカードは

「門松」→説明できるけど、これで2分もしゃべれんわい!

「おお相撲」→もちろん用意していました。相撲由来やら、ルールやら、最近の動向など。ただ、相撲は神道とも関係があるので、そのあたりを掘られると、塩の意味や、しこを踏む意味まではいいとして、それ以上くるときついなあ。。。。

何よりの懸念は、ちょうどこの試験の直前、日馬富士の暴行問題があり、これ、聞かれると面倒なことになりそう。。。。

残るは。。。

「ちらし寿司」→寿司ね、これも用意しているけど、これの方が話を膨らませやすい、回転ずしだのご当地お寿司など、よしこれにしよ!

と決め、話す内容をメモ。この上記の思考とメモとりをわずか30秒で(~_~;)

「では、最初に選んだテーマを中国語で言ってから始めてください」

「はい!?????」

この時気づいた私!

「ちらし」ってなんていうんだっけ?でも、もう今更おお相撲にはかえられない、どうしよう。。。

しかたないので、色々な材料を酢飯の上に散らしたお寿司、みたいな説明、中国人面接官

「?」

やばい。。。。

でも、ここは簡単に説明して、回転ずしへつなげるしかない、と、なんとか話す。

そしてQ&A

だけど、面接官は、見逃してくれませんでした。回転ずしもいろいろ質問してきましたが、どうしても、ちらしずしを、単語で言わせるように追いこんできました、、、

もう観念するしかない。。。

「すいません、ちらしのいい方が思いだせません、おしえていただけますか?」

「什锦寿司」

「ありがとうございます!(あ、そうだった、思いだした)」

 

こうして、私の中国語2次面面接は終わりました

あまり深堀する面接官ではなかったので、おお相撲で(これは相扑、しっている)勝負をかけていてもなんとかなったかもだけど・・・・

 

後で、中国人の中国語講師何人かに聞いてみたら、

「え、どういうの?知ら無い(この先生、日本にも留学してた人)」

在日30年の台湾人で、中日翻訳もやってる人に聞いたら

「その言い方は、厳密にいうと違う」

などなど、中国人だってしらんやん!なのですが、まあ、仕方ない。。。。

 

まあ、とにかく終わった終わった、とっとと岡山いって、母の顔見て、ホットしたい😢、と、最寄りの伏見稲荷神社の駅から、またもや着物に身を包んだ大勢の中国人観光客をぼーっと見ながら、電車に乗って、岡山へと向かいました。

伏見稲荷神社も、どこかの時間帯で、プレゼントピックで出されていました。ここならばっちりいえた気がするわ(笑)

2016年の面接の後は、武蔵小杉で長女長男と待ち合わせてご飯を食べたのですが、

長女に

「どうやった?」

と聞かれ、神社の数で追い詰められたことを話すと、思いきり笑われましたがね、

 

とにかく2017年も、逃げずに(中国語を欠席せずに)両方受けたことだけは、自分をほめてあげようと思ったのでした、マル。

 

わらってしまう後姿

英語Terakoyaです。

この一年、末っ子中国語は学校の授業のみ。

わたしといると、外で中国語を話すのを躊躇するので、せっかく上海にいるのだから、もっと喋るようになってほしい、

そして、HSKも高校卒業までにできれば6級とってほしぃ、と思い、

私がオンラインレッスンでお世話になった、おっとり癒し系の先生のレッスンを受けさせてみました。

「先生、かわいい~♡」

初回は、私がそばにいて、わから無いところなどは間に入っていたのですが、

「先生、日本語検定1級だから、日本語できるから」

と、2回目は一人で受講させました。

「わーどきどきする!」

「だって、先生やさしいし、問題ないやろ、わからなければ日本語できいて」

「そうだけど、どきどきする!」

 

そして、ふとみると、リビングのじゅうたんの上で、なんと正座して受講しているではありませんか!(笑)

「そのうち、足がしびれてたてなくなるぞ!」

と主人。

たくさん、発音や音読をして、気持ちがほぐれてきたのか、そのうち、正座はくずしていましたが

「つぎいつだっけ?」

ときいてくるので、よい感じです

 

「じゃ、この感じで英語もやるか?イ○サ先生にぱきぱきやってもらうか?」

「え、パキパキは無理!」

「いや、イ○サが子供相手だと、どういうレッスンするのかみてみたい」

「やめてー、イ○サ、無理

 

という会話の後、ひさびさに英会話のページを開いて、お世話になった先生方のページをみてみる。

さすが、みんなびっちり埋まってるわ~、でも末っ子には、この先生があうだろうなあ、というのはわかっているので

やるなら、できるだけ彼女にあう先生を予約してやらないといけない。

けど、どういう方向性でやっていくかをまずきめたいところ。

なんてみていると、私もまたやりたくなってしまう。。。でも英語はアカウント共有できないし、毎日やるほどもいらないんだなぁ、わたしは。

 

とりあえず、高校になるまでに、末っ子をオンラインになれさせる予定です。

オンラインなら、日本に一時帰国中もできますしね

 

 

giude

通訳案内士試験との出会い in Hong Kong

英語Terakoyaです。

香港では、超愛想のよかった末っ子のおかげでいろいろな国籍の方と知り合いました。

そして、日本の文化や歴史のことをいろいろと聞かれました。

彼らは自国のそれをとてもよく知っているのに、日本人の私は、日本のことを聞かれても答えられないことだらけで愕然としたのです。

そして通訳案内士試験の存在をしり、日本人としてちゃんと日本のことを紹介できるようになりたいな、と思い、受験を決めました。*英語においては唯一の国家資格です。

が、これ、きわめて大変な試験なのです。

一次試験は

歴史、地理、一般常識、外国語の4科目からなる筆記試験

そのすべての、合格点を取った人だけ

2次試験の面接に進めます 。

今から10年以上前、全言語の最終合格率が10%に届かない超最難関試験でした。

香港でしたので、通信講座を受講して、孤独な受験対策でした。

なんとか一次試験を突破して2次面接。

が、2次対策でお世話になった通訳ガイドの専門学校の担当者に

「そんな面接のガイドラインを大きく外れるような質問をされた人はきいたことありません」

と言われるような、ものすごい追撃にあい撃沈。模擬面接では合格点もらっていたのですが。

そして、日本へ帰国となり、壮絶な単身赴任の7年間を送る中、もう、あれは縁がない試験、と思って記憶の外に追いやっていました。

 

そして上海への赴任で、中国語を習い始め、奇跡的なラッキーでHSK6級が取れてしまった私。その翌年、なんとなく、通訳士試験の要綱をチェックして、一気に目が星に!

 

なんと、その年から、一次の外国語筆記の免除項目にHSK6級が加わったのです。

それまでは中国語検定1級しか免除にならなかったのに、一気にテンションが上がった私。ほんとの力もかえりみずに💦

英語も英検1級をもっていると免除になるので、要は,一次突破のためには、

歴史、地理、一般常識の三科目をやればいいというわけです。

あまりにも考えなしに、HSK6級が免除項目に加わったことがうれしくて、2か国語同時受験に申し込んでしまったのです、本当にバカでした

それを思い立ったときには、もう一次試験までに2か月半ほどしかない状態。ここから一年半にわたる苦悩の受験生生活が始まったわけです。。。。。